大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和25年(う)527号 判決

控訴人 被告人 八塚栄 柳原寿義

弁護人 村上常太郎

検察官 塩田末平関与

主文

原判決を破棄する。

本件を松山地方裁判所に移送する。

理由

別紙被告人両名弁護人村上常太郎の控訴趣意第一点に基づき昭和二五年一月一二日附起訴状を、職権をもつて昭和二四年一二月一三日附起訴状を調べると各公訴事実として、被告人両名が食糧検査員上川円造外一名と共謀の上、偽の文書を作成提出して架空の供出をなし、供出代金名下に政府より金員を騙取せんことを企図し、昭和二三年一二月一七日頃及び同月二五日頃津倉村農業協同組合事務所に於て、被告人八塚、上川両名共同し、所要文書である虚偽の主要食糧買入代金支払証票各五通を作成し、いづれもその頃被告人八塚において愛媛県食糧事務所今治支所及び同県販売農業協同組合連合会越智支部の各係員に対し、虚偽の事実を申向けて内各二通宛の支払証票を提出し、この旨誤信した各係員より右各虚偽文書を同県食糧事務所検査課及び同県販売農業協同組合連合会に提出させ、各関係係員を欺罔し、農林中央金庫松山出張所を経て愛媛県信用農業協同組合連合会より、同会越智支部を経由して津倉村農業協同組合の預金口座に二口の金員を払い込ましめて各騙取した旨記載し且ついづれも罪名詐欺罪、刑法第二四六条第六〇条と記載している。而して主要食糧買入代金支払証票は食糧管理法施行規則第十六条及び様式第三号によれば、食糧事務所長及び食糧検査官の署名押印ある公文書であることが明白であり、且つ本件各詐欺が右各公文書の偽造、同行使(そのいわゆる有形偽造と認めるべきか無形偽造と見るべきかは別論として)を手段とする犯罪であることは、起訴状の記載自体により認められたところである。即ち本件訴因は刑法第一五五条第一項同第一五八条第一項をも適用処断すべき犯罪事実であつて、裁判所法第二六条第二項第二号に規定する短期一年以上の懲役にあたる罪に係る事件に相当する。従つて罪名として詐欺罪、刑法第二四六条第六〇条の表示だけしかないのであるが、何が起訴により裁判の対象とされたかは、起訴状に明示された犯罪事実(訴因)を基本として観察すべきであり、罪名、罰条などは訴因と相まつて起訴の対象を明確ならしめる補助的なものと解すべきである。然らば本件各公訴事実は地方裁判所の合議体でこれを取扱うべきものであるから、原審が一人の裁判官でこれを取扱つたのは違法であり原判決は已にこの点において破棄を免れない。

よつて同弁護人控訴理由第二点理由不備、事実誤認、同第三点量刑不当の各論旨に対する説明を省略し、刑事訴訟法第三九七条第三七八条第一号第三九九条に則り主文の通り判決する。

(裁判長判事 満田清四郎 判事 太田元 判事 横江文幹)

被告人両名の弁護人村上常太郎の控訴趣意

第一点原審は公訴不可分、審判不可分の原則を曲解し裁判所法第二十六条第二項を無視して不法に管轄を認めたるの違法あり該法令違反は破棄を免れざるものと思料す。

本件記録編綴の昭和二十五年一月十二日附の追起訴状に掲げられたる罪となるべき事実を文字文句通りに行為の段階により項を別けて分析すれば、

(一)事実供出量は「千石六十六俵一斗四升」なるにかかわらず該実際量より七十八俵二斗六升多量に完納するが如き虚偽の主要食糧買入代金支払証票を作成して之を当局へ提出して供出代金名下に政府より金員を騙取せんことを共謀し同年十二月十七日該虚偽の主要食糧買入代金支払証票五通を作成し、

(二)同月二十日被告八塚が県食糧事務所今治支部に赴き右虚偽主要食糧買入代金支払証票二通を提出し、

(三)更に県販売農業協同組合連合会越智支部に赴き係員に残り二通の虚偽の支払証票を提出し、

(四)該虚偽文書により誤信したる係員より前記の虚偽の主要食糧買入代金支払証票をそれぞれ県食糧事務所及び県販売農業協同組合連合会に提出させて各関係係員を欺罔し因て十六万五千百七十七円十二銭を騙取したり。

と謂うにあり而して本件被告人上川円造は食糧検査員他の二名が公務員なることも起訴状の冐頭に掲げらるるところとす、而して起訴状掲記の主要食糖買入代金支払証票なる文書が食糧管理法施行規則第十六条によれば食糧検査員がその職務に関し作成する官吏の署名捺印ある一定様式の官文書なることも該公布の法令に明記するところなりとす。

然らば本件起訴事実は右法定の官文書に虚偽の記入をなし該文書を提出行使して金員を騙取したりとの表示にして且前掲記の如く起訴状記載自体によるも右内容虚偽の公文書の行使と本件詐欺との間に手段結果(刑法第五十四条)の関係存することも亦明かなるところなりとす。更に訴訟手続の進展状況を記録につき検討すれば本件書証として検察官より証拠調の請求あり且証拠調ありたる書証、食糧検査員上川円造に対する司法警察員作成の第一回供述調書中第八項(本件記録二百八十一丁)に「検察をする場合は申請書により検査をしまして検査報告書を作成し云々中略……支払証票五部を作成し、一部は自分の控にし云々以下略」との記載あり、平田輝吉に対する司法警察員作成の第二回供述調書中第二項に「食糧を政府に売込む方法を申上げますと生産者からの主食の供出督励は云々中略……農家から主要食糧を集荷すると食糧検査員が検査して主要食糧買入代金支払証票を二部書きそれにそれぞれ印を捺して提出するのであります」との記載(本件記録二百八十二丁表第十項)「虚偽の文書を作成して政府を騙した事は悪かつたと思います」との記載あり更に記録七十五丁裏に検察官は証拠により証明すべき事実は次の通りと述べた(イ)(ロ)(ハ)(ニ)、「今治支部は農協が送附した支払証票に基き五百二俵分の代金を信用して該証票を処理したる事実」との記載あり、更に又(本件記録八十一丁)の記載によれば検察官より主要食糧買入代金支払証票(証第十九号)についての証拠調の請求ありしことは認め得らる、然り而して該証拠物が起訴状明記の内容虚偽なる事実を証明する関係にあるものなることを云うを俟たず、該証拠物はその存在とその文書意義が証拠となるべきに不拘(記録八十三丁)掲記の如く他の証拠物と一括法廷に顕出したるに止めたるは刑訴第三百七条に背反し適法なる証拠調をなさざりし違法ありと云うべし、「内容虚偽の公文書を提出行使し因つて以て係員を誤信せしめ政府より十六万五千余円を騙取したり」との罪となるべき事実が起訴状に掲載せられあるに不拘更に叙上後段によれば審理の展開により刑法第五十四条の関係も明白となりしに不拘原審は詐欺罪のみにつき審判したり、その依つて来りし理由は原審裁判官はたとえ起訴状に罪となるべき事実が掲載せられあるも又刑法第五十四条の関係にあるもそれは起訴状記載の罰条により制約せらるるものにして本件を例にとれば本件起訴状記載の罰状は刑法第二百四十六条のみなるが故に虚偽文書の行使は審判の対象となるべきものに非らずとの見解を有せるものの如し、ここに於て前掲記の如く起訴状記載の訴因と罰条との間に差異ある場合裁判所は先ずその審理の対象として何れによるべきものなるかを考察するに卑見に於ては犯罪の特別構成要件はベーリングの主張するが如く罪となるべき事実は単に刑法学の体系に於ける指導形象であるのみならず訴訟法に於ても指導形象として重要なる機能を営むものにして我が新刑事訴訟法に於てはそれが起訴状における訴因なる形式にて一層明確に現わされたるものなりと思料す、従つて審判の対象としては先づ訴因に依るべきものなりと信ず、裁判所は実体判決をなすには訴因と罰条とに一応は拘束せらるるも罰条の拘束は絶対的のものとは考ふる事を得ず、何としても審判の対象は具体的に起訴状に記載せられたる罪となるべき事実が先づ審判の対象となり該事実は裁判所を拘束することと相成るものと確信す。

而して起訴状に疑義あるときは検察官に釈明を求め或は訴訟物の同一性を害せざる限りに於て刑事訴訟法第三百十二条所定の命令あるべきものと思考す。

更に本事案の如く内容虚偽なる文書を作成行使し該行為が詐欺の手段として行われたる事が起訴状に掲載せられあるのみならずその行為が本件詐欺の必至的手段たる関係にある以上(起訴状記載の事実原判決判示の事実によりても此点認め得らる)起訴状に詐欺の罰条のみ記載せられあるが故にたとえ詐欺と該虚偽文書行使との間に刑法第五十四条の関係あるも尚虚偽公文書の行使は審理の対象に当らず分割すべきものなりとなすは審判不可分、公訴不可分の原則を曲解するものなりと信ず。

無論訴訟物が同一なりや否やは結局裁判所の決するところにして検事の意志により支配せらるるものに非ずと信ずるも原判決も判示の如く刑法第五十四条の関係を承認しながら起訴状に罰条の記載なきが故に分割すべきものなりとなすはその立論の根拠を解し得ざるものありとす。

原審裁判官は訴訟法の改正により公訴不可分、審判不可分の原則にも改正ありしとの見解をもつものの如し、然れども卑見を以てすれば一罪中に刑法第七十七条乃至第七十九条の罪あるとき其の部分を高等裁判所の専属管轄に属せしめたると、犯罪中に私的独専禁止法第八十九条第九十条の罪あるときその部分を東京高等裁判所に専属せしめたる事を除いては従来判例の示す不可分の原則に対する変更はなきものと確信す。訴因を対象として審理し起訴状記載の罰条に当らざる場合之が変更を命ずべきものなりと信ず、本件は変更追加にまで進まずして裁判所法第二十六条第二項により管轄違いの形式的判決あるべきものと思料す。

然らざれば本件に於て訴因に手段結果の関係が書き上げられてあるに不拘更に又審理の展開により刑法第五十四条に該当する事実を認め得るも起訴状にその罰条なきとの故を以て本件を例にとれば詐欺罪のみに付審判するとせば検察官の肆意により裁判所法が事物管轄の規定を設けし目的たる手段の技術的要求と被告人保護の主旨を抹殺することとなるべし、叙上の理由により刑事訴訟法第三百七十八条第一号同法第三百九十七条及第三百九十九条、裁判所法第二十六条第二項により原判決を破棄し本件を松山地方裁判所合議部へ移送相成るべきものと思料す。

(附記) 刑法第百五十六条第一項の罪は合議体の事物管轄となせり、これ事物自体の性質上慎重なる審判を与えんとする法の精神なること謂うをまたず、本件は詐欺罪のみにつき判決したるが故に被告人の利益に帰したりとなすものもあらん、然れどもそれは形式論にして当らざるなり、本件に於て検事の論告は、「公文書偽造行使もあるが松山が多忙なる故松山へ起訴しなかつたのであるこれ等の事情もあるので被告柳原、八塚に対し懲役二年に処するを相当と陳べたり(公判調書にはその点記載洩れ)加うるに検察官提出の書証にも虚偽文書行使の点は明記せられあり従つて実質的に検討すれば本件に対する原審の審判が被告等の利益に帰したりとは確認し難し。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例